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 長い一日

2010・1・30

プンタアレナスからポルベニール行きのフェリーに乗るため、
朝7:30「ホセの宿」を出発。
コレクティーボを拾おうとするが、どのタクシーも満員御礼状態。
(プンタアレナスはコレクティーボが安くて便利なので利用者が多い)
仕方なく2手にわかれ一人づつコレクティーボに乗車。

船着場で待ち合わせて、
一人4900ペソ(約900円)のチケット買って、フェリーに乗船。
この旅行初めての船。


遠ざかるプンタアレナスの町を眺めながら
『桜島』(by.長渕)を頭の中で歌いつつ出航。(実際はフエゴ島に行くのだが・・・)
2時間程でポルベニールに到着。
目指すは最南端の港町・ウシュアイア。距離にしておよそ700km。
ここからはヒッチハイクだ。


ところが寂れすぎてる港町・ポルベニールには全然車が走ってない。
走り去る車は全て近場の住人ばかり。
それでも1時間程で運良く漁師の車をゲット。


漁の道具を乗せた荷台に体操座りで乗り込み、
冷たい強風を顔面におもいっきり浴びながら2時間後、
「オナイシン」という分岐点で降ろされた・・・のだが・・・


見渡す限りの大地。なーんもない。
こんなところで果たしてヒッチハイクできるんだろうか。。
さらに先客の2人組ヒッチハイカーまでいるではないか。
「4人もいたら車が捕まらないから、君達は1km先でヒッチハイクしてくれ」と
言われてしまう。まぁ、たしかにその通りだが、こんな所で順番待ち!?
しかも寒風吹きすさぶ大地。
何時間も待ちぼうけするのは嫌だったので歩いて行くことにした。
チリとアルゼンチンの国境まで30km。2日もあれば歩けない距離じゃない。

ところが・・・



歩いても、歩いても


広大な大地が続くばかり。
家もなければ小屋すらない。
15分に1台来るか来ないかの車をヒッチハイクするが、
なかなか捕まらずひたすら歩く。
3時間ほど歩いた時、2人組のお爺ちゃんが「近くまでだが乗って行け」と言ってくれた。
ほんとに近くで、5分くらい走ったら降ろされた(泣)。
しかし、気持ちはだいぶ明るくなって、また歩き続ける。

だんだん車すらまったく見かけなくなり「こりゃぁ、テント張るしかないなぁ~」と思ってたら
遠くから土煙をあげて2台も車がやってきた。
必死に両手を振って最初の1台を止めたのだが
「子供が乗ってるから無理なのよ~」と言い訳しただけで走り去っていった。
その間に貴重なもう1台の車が走り去る。
「言い訳するだけなら止まるなよ!!」と2人で悪態つきながらさらに歩く。
足も痛くなってきて、そろそろ限界かなぁと思ったとき、小さな小屋を発見した。
どうやらヒッチハイカー用に建てられたものらしい。
強風が吹いてるし、寒いし、テントも張れるかどうか分からんので
小屋の中で泊まれれば・・・と期待して中を覗くと・・・
なんと!!小屋の中で野グソしてるヤツがいて、悪臭が立ち込めていた。
とても泊まれる状態ではなかった。
こんなに広大な大地があるのに、なぜ小屋の中で野グソを!??
こみ上げる怒りと落胆。

しかし、ここで奇跡が起こる!

老夫婦が運転する乗用車が止まった!
「近くでもいいから乗せてください」とお願いしたら、快く後部座席に乗せてくれた。
しかも!話を聞くと2泊3日でウシュアイアまで旅行に行く途中だというじゃないか!!
「バモス!バモス!(一緒に行きましょうよ!)」と言ってくれた。
まさか、一日でウシュアイアまで辿り着けるとは・・・

途中、リオグランデのGSに併設してる喫茶店でコーヒーとサンドイッチを食べた。
まさにホッと一息。「ホッと一息」とはこういうことだったのか・・・



車窓からでっかい満月を眺めながら、うたた寝。

深夜12:30頃、ついに最南端の町・ウシュアイアに到着。
親切にしてくれた老夫婦とハグして別れた後、
時間も遅いので近くの空き地にテント張った。

全身をジワァ~ンと疲労が包み、テントに降りつける雨音を聞きながら眠った。


目が覚めると、目の前は雪景色。こりゃ、まるでスイスだ!!(行ったことないけど)
しばらく、この町でゆっくりしようと思います。



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最南端の町・ウシュアイアは、"最果ての地”というわりには
セントロに行けば観光客向けの店やカフェも多くて拍子抜けするけど
その町並みの向こうが雪山だったり
ちょっと道を外れたら、ボロボロのバラック小屋の集落があったり
やたらでっかくて汚い野良犬がウロウロしてたりして
グッと演歌な雰囲気が漂ってくるのであります。





そんなウシュアイアに来て早々、
ウシュアイアの日本人宿「上野山荘」の皆さんとBBQしました。
こちらではBBQのことを「アサード」といって、
毎週末には家族や友人と一緒に子羊などを炭火で焼いて食べるんだそうです。
たしかに、宿の隣家でも「アサード」してたもんね。


メキシコ在住の日本人・ジュンさんにより
真っ二つの子羊肉(5㎏)が片面45分ずつ、ゆっくり、じっくり焼かれていく。
味付けは荒塩のみ。それがアルゼンチン流らしい。
そして待つこと1時間半・・・


ジャジャーン!!!


うっひょー!!!!


マキシモうまーい!!!

信じられない柔らかさ&ジューシー!!!
焼肉のたれもご飯も必要なし!肉を喰うのだ!ただ美味い肉を!!!

ウシュアイアでは土日にしか子羊肉が手に入らないらしいので
週末に上野山荘へお越しの際にはぜひ!


 猫の墓

セントロまで歩いていこうとしてたら、うしろから「にゃー!」と言いながら
トコトコトコ!っと黒猫が走ってきた。



やけに人なつっこいヤツで、可愛い。
歩いてると足にまとわりついてきては体をスリスリ。

それからその道を通るとアイツがいないかなぁとキョロキョロしてたのだが

ある日、路肩で死んでいるのを見つけた。

最初は黒い子犬かと思った。
翌日も通りかかったので、よく見てみると黒猫だった。
「あいつだ」と思った。間違いなくアイツだった。
おそらく車にはねられたのだろう。
かわいそうだけど死体は苦手なんで見て見ぬふりした。
そのまた翌日も前を通りかかった。
冷たい雨が降ってて、まだ死体は放置されたままだった。
日本なら2日もすれば保健所が回収に来てくれるだろうけど
ここは違う。きっとこのまま腐っていくのだ。
すぐ近くにはゴミ箱があり、アイツの周りには入りきらなくなったゴミが散乱してる。
もちろん死んでるから雨に濡れても関係ないんだけど、
雨に打たれたままじっと動かないアイツがなんだか寒そうで、哀れで。
それにいつも通らなきゃいけない道だし、
毎日腐っていく姿を横目で見るのは耐えられず
宿に帰って、バケツとスコップを借りて、墓を作った。

不思議なことに、いつも人が通ると吠えまくる近所の犬たちも
墓を作っている間は、じっとしていた。
わかっているのか、いないのか、犬たちはじっと見守るようにこちらを眺めていた。
厳しい土地に暮らす動物同士。
その哀れな姿に同種でなくとも何か感じるものがあったのだろうか。

 旅行に出て読んだ本。

旅行中、日本人宿に泊まると本棚には日本の小説・漫画・旅情報誌などがズラリ。
長く滞在するとついつい読んでしまうわけです。
これまで読んだ本を宿名と一緒に書いておくんで参考までに・・・

『風子のいる店』岩明均(漫画・全4巻)※ペンションアミーゴ(メキシコシティ)にて
『荒野へ・・・』ジョンクラカワー(ノンフィクション)※カサ・カサ(サンクリストバル・デ・ラスカサス)にて
『アムリタ(上・下)』よしもとばなな(小説)
『バガボンド』井上雄彦(漫画・20巻まで)
『アルゼンチン・ババア』よしもとばなな(小説)※日本旅館(ブエノスアイレス)にて
『寄生獣』岩明均(漫画・全10巻)
『七夕の国』岩明均(漫画・全4巻)
『ビーグル海峡だ!』あんばいこう(ノンフィクション)※上野山荘にて
『父の詫び状』向田邦子(エッセイ)

他にもちょこちょこ「つまみ読み」はしてますが
のめり込んだのは、このくらいでしょうか。

なかでも『父の詫び状』が素晴らしく、形としてはエッセイなんだけど
濃密な短編小説を読んでいるような見事な構成で、どっぷりハマりました。
ジ~ンワワァァァ・・・といつまでも余韻を残します。
久しぶりに凄いの読んだ気がする。

オクムラユウスケの履歴書



【オクムラユウスケ】

昭和52年2月18日生まれ。A型。福岡在住。

99年 福岡のライブ喫茶【照和】のオーディションに合格。
週1回のレギュラー出演で現在のスタイルの原型が築かれていく。

01年 1stアルバム『発情経由地獄行き』を発売。
福岡を拠点に全国各地のライブイベントに出演。
東京のバンドマンによる伝説の隠し芸大会【エナジー】で優勝。

02年 2ndアルバム『大行脚』全国発売。
【ハイコレ48~キチガイ天下一武道会~】でトーナメント戦を勝ち進み優勝。

03年 突如音楽活動を休止。沈黙の3年間を京都で過ごす。

06年 音楽活動を再開。

3rdアルバム『メルボルン特急』発売。

同年、秋葉原グッドマンでの演奏の模様が
オムニバスDVDとして全国発売される。

07年【円盤ジャンボリー6】において最終日の大トリを飾る。
※この日のライブの模様を完全収録したDVDが円盤より発売される。

同年【円盤ジャンボリー7】にてECDの超絶ドラマー・久下恵夫氏と共演。
大反響につき、この日のライブもDVDとして円盤より発売。

08年 東京にて柳原陽一郎氏(ex.たま)とライブイベントで共演。
柳原氏が毎年、個人的に発表する「やなちゃん大賞」に輝く。
 
音楽活動10周年を記念してDVD-BOXを限定発売。

09年 10年間のライブ活動を編集したライブDVD発売!!! 
『オクムラユウスケLIVE DVD 2000-2009』(1200円)

現代のフォークシンガーによるコンピレーションCDに参加。
『ニャンでもない日には』
(収録アーティスト)三上寛、峯田和伸(銀杏BOYZ)、
竹原ピストル(from 野狐禅)、豊田道倫(パラダイスガラージ)etc.
※オクムラユウスケは「8月のキャミソール」を収録。

同年 中南米へ旅立ち、約9ヶ月間過ごす。

10年 日本へ帰国。

再び音楽活動を再スタート。   現在に至る。


※CD、DVD取り扱い店舗
<東京>
円盤(http://www.enban.org/
SUNRAIN RECORD(http://www.sunrain-records.com/
中野タコシェ(http://www.tacoche.com/)
<京都>
ガケ書房(http://gake.shop-pro.jp/?pid=14749417
<福岡>
ボーダーライン(http://www.borderlinerecords.co.jp/border/index.html
PLASTICA(http://homepage2.nifty.com/timemarket/plastica.html


過去のブログはこちら→http://d.hatena.ne.jp/obobononioi/


連絡先 obobononioi@hotmail.co.jp

 ウシュアイアにて

ウシュアイア(日本人宿・上野山荘)で過ごした20日間。


巨大なタラバガニ食べたり(これで2000円!)


宿のみんなでうどん作ったり(10人前!小麦粉3㎏!!)


五右衛門風呂に入ったり


奥さんは宿主の綾子おばあちゃんの散髪したり


ビビンバ作ったり


トゥルーチャ(宿の飼い犬)と添い寝したり


僕は「指SM」なる荒技を発明したり

・・・で、のんびり過ごした。



上野山荘出発前夜の2月18日は僕の誕生日(33歳)でした。
牛肉のオーブン焼き、アボガドサラダ、ヒトヨダケスープ
さらに綾子おばあちゃんから鱈の差し入れもあり、さらに食後のケーキまで・・・

思いがけず豪勢な誕生日をみんなんに祝ってもらった。



長い付き合いになりそうな予感がする友人にも出会った。
人見知りの僕にはこれが一番大きかったかな。



『ウシュアイアのプチ情報』

上野山荘周辺にポコポコ生えてるキノコ「ヒトヨダケ」は
風味豊かで、歯ごたえも絶妙な柔らかさで、味も濃厚な絶品。
しかし、その名の通り収穫して一晩で真っ黒に変色してしまうため
市場での販売は不可能という珍しいキノコである。
ウシュアイアの隠れた名物やね。

 ウシュアイア~プエルトウィリアムス

2010年2月19日

ウシュアイアよりもさらに南の町(島?)プエルトウィリアムスまでボートで移動。
そして翌朝、
貨物船に乗ってビーグル水道を通りながらプンタアレナスまで行く予定。


早朝の出発にもかかわらずウシュアイアの船着場まで
見送りに来てくれたジュンさん。うれしいなぁ。
船を待つ間、たわいもない会話ばかりしてたけど
ホントは感謝の言葉でいっぱいでした。

ウシュアイアからプエルトウィリアムスまで1時間半。


途中、世界最南端の灯台に立ち寄ってくれた。
いい寂れ具合。哀愁漂う孤島の灯台。今にも鳥羽一郎が飛び出してきそうだ。

港に近づいてくると、あちこちに虹のアーチが!

さらに海岸沿いの歩道のあちこちに大量の糞が!
馬糞?牛糞?とにかくデカイうんこだらけ。

とりあえず、明日出航する貨物船に荷物を預けて、町をぶらつく。


・・・ぶらつくといっても、なーんにもない町。


観覧自由の博物館に行ったり、セントロ(中心街)で食料買ったり。
・・・セントロといっても、十数軒の小さな店が並んでるだけで
一番大きな"スーパーマーケット”もこんな感じ↓

それはそれで寂しげな哀愁が「最果て感」たっぷりでよかったけども。
ただ、ここで一生暮らせと言われると・・・つらいかも。

今夜はテント泊。


海辺に放置されてるコンテナの脇にテント張って、ラーメン作って食べた。
夜寝てたらテントの側を馬のヒズメらしき音が横切ってちょっとびびった。
やはり道に落ちてたのは馬糞だったらしい・・・

プロフィール

オクムラユウスケ

Author:オクムラユウスケ

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